ビッグマムの正体はルフィの祖母、娘のジュエリー・ボニーはエースの母【ワンピース020】

大食らいジュエリー・ボニーの船はケーキ。他の8つの証拠でマムの娘が確定。
ビッグマムがルフィの祖母という状況証拠は、他のムービーを主体に語るとして、当ムービーでは人物像が似ているという話をする。

年齢も性別も違うので、実際に似ているのは食べ物関連だが、肉親の表現だと解釈できる。

●大食らいが半端じゃない
ルフィは何でも食うが、リンリンの方はスイーツ主体。食べる量が半端じゃない。

●飢えたり欲しがると精神がおかしくなる
ルフィが飢えておかしくなるのはギャグかと思っていたら、ビッグマムはガチでスイーツを欲しがる精神病として描かれていた。この共通設定は肉親を思わせる。
ビッグマムの島へ向かうシーンで、わざわざルフィを飢えさせて、おかしくしたのには、肉親表現だという理由があったのだ。

●食べた時の嬉しがり具合
ルフィ「うめェ」と、リンリン「美味しい」の喜び方が似ている。また周辺がキラキラと輝く。
チョッパーも似ているが、チョッパーはルフィの影響を受けて行動が移ったという立場だ。

これら3つの表現は、無関係な人物に埋め込んではならないと考える。
一流の作者が、無闇にこの3つを人物に設定することはないという思想だ。

●悪魔の異名
ルフィ(Luffy)、コロシアムでの名前・ルーシー(Lucy)が悪魔の代表ルシファー(Lucifer)の異名・愛称だとは納得してもらえるだろうか。
英語圏では、人名などを愛称で呼ぶ事は知られている。(ミカエルが名前だったら、マイクとかミッキーのように呼ぶ。)

一方、シャーロット・リンリンはシャー「6」ット・「6」ン「6」ンとなり、666=悪魔となる。
リが6である根拠だが、六の大字(だいじ)は陸で「りく」と読むことから。ナルトの六道仙人は「りくどうせんにん」で、六そのものも「りく」と読む。他の漫画だと、D・グレイマンのリナリー・リーが「6」ナ「6」ー・「6」ーとなる。Dや悪魔という概念は、ワンピースと共通しているのだ。

ルフィはルシファーとして、マムも666として悪魔が強調されている。
この話は詳しくは、当チャンネル既出ムービーで。


●海賊王候補のルフィに対して、四皇というステータス
ルフィが海賊王になる男ならば、その血筋も海賊王とかビッグマム級の祖先がいるべきという思考は妥当だ。

ガープが海軍となれば、その妻に女海賊がいる事が望まれる。

●目的が同じの可能性
ルフィの目的はワンピースの謎で、何かが1つになるという意味だ。
マムの目的は「色々な種族が一緒に仲良く暮らせる国」で、1つになるという意味を感じ取れる。

以上が人物像の共通点だ。

さて、マムとルフィが赤の他人の証拠として、次を挙げる人がいる。

ルフィに関して、「ガープの孫かい」という台詞。
しかし、これは実の祖母でも充分にあり得るという話をする。

まず、ガープとビッグマムが若い頃に夫婦であっても、今は別れている。
正式に結婚や離婚していなくても別居は確実だ。

よって、ガープに孫がいても、マムにとって必ずしも自分の孫とは限らない。
となると、誰の息子なのか確定しない以上、マムにとってルフィは「ガープの孫」なのだ。

次にマムには、43人の夫がいる。子供もたくさんいる。
つまり、「夫1の子供」「夫2の子供」……「ガープの子供」という区別でマムは認識する。
ましてや孫なんて数え切れないし、まだまだ増える。「夫1の孫」「夫2の孫」……「ガープの孫」で、なんとか区別できるのだ。

マムがルフィを実の孫だと認識していたとしても、誰との孫かの方がマムにとっては重要なのだ。

マムがルフィの祖母でありつつ、「ガープの孫かい」は、むしろ当然の状況だと証明した。

マムとルフィが赤の他人の証拠として、敵対している事を挙げる人もいる。

しかしまず、ルフィの強い味方であるジンベエはビッグマム海賊団の配下だ。もちろん盃(さかずき)を返上する行動はあった、マムが仲間になれば、盃返上も丸く収まる。

そして、2017/5の最新号辺りを見てゆくに、マムは充分に仲間になると判断できた。

アマゾンリリーの女帝ハンコックは、妹達とルフィを戦わせた。死闘を繰り広げた後は、ハンコックはルフィにぞっこんで強い味方となった。敵対とか死闘というのは、むしろ仲間フラグでもあるのだ。恋わずらい女が未来の妻ならば、食いわずらい婆は祖母で家族なのだ。

マムは息子でさえ寿命を吸い取ってしまう女。娘は政略結婚の道具だ。生意気なルフィが、孫という理由でいきなり優しくされることはない。

次にジュエリー・ボニーがマムとガープとの娘という話をする。

ボニーは右目の下にはバナナの紋章がある。連想できるのは猿そのものやモンキーバナナで、モンキー家の娘であることを表現している。

また、ガープの家族であるエース(ダダンやセンゴクはガープとエースとを家族だと称する)は、孫に位置するので、ガープとエースを繋ぐモンキー家の人間が必要となる。ボニーはエースのことばかり気にかけているので母親として当てはまる。また、遠巻きながらも、ルフィには多少の興味を寄せている。

ボニーのルフィに対する感想に「同期としては嬉しいね」とあるが、同期以外にも関係があるからこそ、「同期としては」という言葉が出た。

ガープが自分の孫を託した相手として、ダダンを選んでいる。ダダンの側近とボニーの側近男はそっくり(59巻・582話)、(51巻・498話)で、男は同一人物、双子、兄弟のどれかと考察できる。また、ダダンとボニーのモデルとなった史実の女海賊はアン・ボニーで、ダダンはDの一族だとしてDを付けると、ダダン・ボニーとなる。D+アンの「ダン」では男の名前っぽかったので、ダダンにしたという経緯だと考察できる。また、「あん」は餡子(あんこ)で和製スイーツだ。

作者が公式にモデルと語るアン・ボニーによって、ダダンとボニーにも強い繋がりがあると言える。また、ガープが娘ボニーの生んだエースを預ける人材としてダダンはぴったり。ボニーは追われる身なので、若返って自分の姿を偽っていたが、何かをきっかけに最悪の世代として登場した。確定ではないが、息子のエースが目立ってきたことが台頭のきっかけと考えられる。

ガープとボニーに関する他の根拠は、当ムービーだけでなく、周辺キャラクター(ダダンやドラゴン)のムービーで補足してもらいたい。

ボニーにはリンリンと次の共通項がある。
・髪の色がピンク
・口紅のハートマークがマムと共通
・口紅のハートマークがマムの娘達と共通
・度を過ぎた大食らい
・言葉遣いとガラが悪い(口調がそっくり)
・億超えの女海賊ヘッド
・名前のジェリー(ゼリー)とシャーロットがスイーツ系
・ケーキのような船(59巻・581話)

・年齢や寿命を操作できる

もはや娘確定と言える。

実は当チャンネルでさえ、ムービーを作り始めた当初は
・髪の色がピンク
・口紅のハートマークがマムと共通
・口紅のハートマークがマムの娘達と共通
・度を過ぎた大食らい
しか挙がっていなかった。それでも母娘確定と判断していた。しかも、1週間で証拠の数が2倍になるくらいの凄さ。

ボニーがエースの母親という話は理解できない人でも、ビッグマムの娘というのは理解できるのではあるまいか。
ボニーがルージュの娘というのは、どちらにしても消える。そして、ボニーがエースと肉親となれば、もうエースの母親の位置しか残っていないので、マムの娘を認めることはエースの母を認めることだと同じ状況だと理解して欲しい。

念のために語っておくと、ボニーがエースの姉だと信じる場合、ルージュの娘を信じる事になる。
ボニーをビッグマムの娘だと認めたら、当然ルージュの娘という話は消える。
それでもボニーとエースとの関係は強く残るので、ボニーはエースの母親というわけだ。

というわけで、ビッグマムとガープの血縁者として、ルージュ、ルフィ、ボニー、エースを挙げた。

当チャンネルで、似たようなムービーとして、「マム本人と娘であるルージュ、ボニーの全員が、寿命をやりとりする能力だ」という話をその内に実施したい。

また、海賊旗はジョリー・ルージュが語源という説があり、ワンピースではジュエリー・ルージュとなり、ジュエリー・ボニーの家族だと判明する。また、ジュエリーは宝石ではなく、ゼリーの英語読みであるジェリー。ボニーの船はお菓子の船(59巻・581話)なんだから、宝石ではなくスイーツだ。

動画へのリンク

この記事には続き(パート2)があります。
ビッグマムの正体はルフィの祖母、娘のジュエリー・ボニーはエースの母2

【コメント返信】
>>エースがドラゴンの息子なら、何故処刑の阻止に向かわなかったのか疑問です。
「父親ならば助けに行く」という証拠はどこにもない。この疑問が起きる原因は「父親ならば必ず助けに行く」という誤解にある。誤解を前提にしているから、疑問が発生することになる。

処刑の阻止に行かなくても、親子関係の否定には繋がらない。なぜなら、作者が「エースは息子なのにドラゴンが行かなかった理由」を容易に設定できるから。

メタ推理(作者や読者の視点)で語ると、ドラゴンが助けに行ったら、ドラゴンの息子だと読者にバレてしまうから。大半の読者には、ルフィの父親がドラゴンだと思い続けてほしいのが作者。よって、作者が明確に語るという期待を捨てつつ、作者が表現したいであろう内容を鋭い考察で当てることが重要。

ドラゴンは元々はスコッパー・ギャバンというロジャー海賊団の3番手だと堅く考察でき、ロジャーの息子を生かすためならばエースの死は仕方ない。エースをロジャーの息子として扱う件(ルフィをドラゴンの息子として扱う件)はガープとドラゴンが打ち合わせ済みと判断できる。

スコッパー・ギャバンの話はこちら

ロジャーの息子を生かすために、ドラゴン自ら赤子の交換をガープに持ちかけたという考察となる。ロジャーの息子処刑という日を想定して、20年前に赤子を交換したのだから、台無しにはできない。ロジャーの息子がとされる人物が捕まった以上、ある意味、ドラゴンの想定は救出ではなく処刑だとさえなる。

一方、ドラゴンという最悪の犯罪者が、のこのこと海軍の大きな拠点に現れることはあり得ない。それから、ドラゴンはエースをそこまで愛してはいない(育てたわけでも産んだわけでもない)。なお、ボニーは次にジンベエと政略結婚させられ、ケイミーとチムニーを産む。ベラミー、イゾウ、バルトロメオも息子(エースの兄達)と分析。子だくさんの1人がエースという立場となる。

数あるルフィのピンチにドラゴンが来ていない。ローグタウン(ロジャー処刑の町)で処刑されそうになったルフィをドラゴンは確かに救っているが、ロジャーの息子が目の前にいれば救うのは当然。ドラゴンがローグタウンルフィを救った理由は息子だからではなく、ロジャーの血をくだらないことで失わないようにするための行動。ドラゴンはドラゴンでやることがあり、革命を起こすこと。ロジャーや自分の息子を守ることよりも、ドラゴンにとっては重要なこととなる。

本人達が海賊なんだから、親が必ず来るというのは幻想。また、相手は海賊や海軍など屈強なので、親だからといって、どうこうできる対象ではない。

ウソップのピンチにヤソップは来ていない。ゾロのピンチに母親・アマンドや父親・鬼人のギンが来ていない。ナミのピンチに母のリンリンや父のガン・フォールが来ていない。ロビンのピンチに、父の青キジ・クザンが来ていない。フランキーのピンチに、母のリンリンや父のベガパンクが来ていない。親の人物考察は正解していると考えているが、考察が正解しているかどうかにかかわらず、親が来ていない事実は証明されている。

手配書は回っているし、麦わらのニュースもあるし、親達はその気になれば、どこにいるかくらいは見つけられる。「来ないじゃん」という話をしているわけではなく、それぞれに理由があるから来ない道理を語っている。特に父親の場合、妻(元妻)がどんな子を産んだのか知らないというケースがある。鬼人のギンの場合、ゾロを息子だとは認識できなかった。名前を名乗ったわけでもないし、成長した息子を判別できるとは限らないから。トラファルガー・ローは「あだ名+屋」で呼ぶはずなのに、ゾロ屋なので、ゾロ自体が愛称の可能性あり。作者は何重にもトリックを仕掛けており、一般の思考では見抜けない。

差し当たり「トリックだらけ」という事を認識することが先となる。トリックの考察が正解しているかは二の次で、トリックなしに「ルフィの父親はドラゴン」という不自然な設定はあり得ない。

サボさえエースを救いに来てなかった。しかも作者は「記憶喪失」という、「ん?」となるような理由を設定した。設定が明かされる前、サボが来ない理由を読者が疑問でも、作者は簡単に設定できる証明となる。もし、事前に記憶喪失だと考察した人がいても、軽視したのでは? 真相はその程度の考察で成立する。矛盾ではなく、疑問程度では、当チャンネルの考察は揺らがない。ポイントは当チャンネルの「ドラゴンが来ない理由」の考察が正しいかではなく、「ルフィはロジャーの息子」という説が正しいか。仮に「(当チャンネルの)ドラゴンが来なかった理由」がミスしていても、「エースはドラゴンの息子」の説は成立する。

注目すべきは、「ドラゴンが来ない理由(作者が簡単に設定できる)」ではなく、「ドラゴンとエースで似ている点」や「ドラゴンをエースの息子だと考察すると、物語の根幹がシッカリと成立する状況」となる。

いずれにしても、「ロジャーの息子がルフィ」という王道が成立するならば、「エースを助けにゆかなかった事実」は、取るに足りない現象(いくらでも作者が設定を構築できる)。「ルフィはロジャーの息子に決まっているし、エースの母はボニーだけど、エースの父はドラゴンではない」という話ならば、別の意味で面白い。そんな意見を期待している。

ボニーがエースを助けにゆかなかった道理は「このページ」をどうぞ。エースの母親をボニーと認めたならば、ボニーがエース助けにゆかなくても気にならないかな。

観点を変えて語ると、1と2があれば、当管理人は2を信じる。
1.作者は端役エースの父親を重要キャラ・ロジャーという構成で、物語を作っている
2.作者は読者にエースの父をロジャーだと信じさせるトリックを実施している

1の場合には作者も読者も同じ目線で立っている(大半の読者が作者の物語構成を見抜いている事になる)。2の場合には、作者は読者よりも高い視点を持っている(ほとんどの読者は作者の仕掛けた要素を見抜けない)。作者が大衆より高い視点を持っているのだと、当管理人は考えるわけだ。

作者はトリックを何重にも仕掛けるのが趣味のようだ。初歩的な考察で、一旦、説を固めた後、その上で更に考察してゆかないと真相には到達できない。他人の考察が苦手な人は、ワンピースが終了するまで考察は読まないことをオススメする。ルフィの父親はロジャーだってば^^

コメント

  1. エースがドラゴンの息子なら、何故処刑の阻止に向かわなかったのか疑問です。

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